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高校中退の元ニート野郎のつぶやき

元ニートの僕は、年齢に関係なくチャレンジし続ける

僕は高校中退している。

理由は様々ある。その様々ある理由に押しつぶされてしまったことが原因だ。

そこから僕の人生は狂った―――。

人はそう思うだろう。でも僕にとっては、ここからが始まりだった。

高校中退の選択こそ、自分自身の人生を歩く選択だったのだ。

 

目次

意思のなかった学生時代

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高校までの僕は流されていた。中学に入ったのも、家から近くの公立だから。高校入学したのも、家から近くで自分の学力で受かるところ。

すでに決まっているレールに乗っているだけの人生だった。何も選んじゃいないし、決断していない。

 

なぜ高校中退が自分の人生の始まりかというと、自分自身で決断したからだ。誰にいわれたわけではない、自分で決めたのだ。むしろ、周囲には散々反対されての決断だった。


とはいえ、何か目標を持って決断したわけではない。逃げ出しただけだ。

高校中退した理由は、人間関係、勉強、部活が上手くいかなかった。

ただ自分で決めたことなので、今では誇らしい気持ちになっている。はじめて親の反対を押し切ったし、友人も学校の先生の意見も完全に無視して、自分の意思を押し通した。

 

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世間の常識は、多数派というだけ

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ここから僕の人生、自分の意思からの行動は始まった。

マンガが好きだったので、自分でマンガを書いて、マンガ賞に応募を始めた。この時の僕は18歳。同級生たちは、高校卒業している頃だ。

結局マンガ賞には、箸にも棒にも掛からなかったので、もともと興味のあったスポーツ関係の知識を学ぶため、大学に行こうと決断。

 

高校中退の僕は、大学受験の資格すら持っていなかったので、まず大検(大学入学資格検定、現在でいう高認)の受検を決意。この時19歳。結果、2か月の独学で合格。大学に入学した。

 

こうして、自分自身の力で人生を切り開いてきた自負がある。間違いなく、自信になった。当初は、恥ずかしかった高校中退という経歴も、今では誇らしい。ここを乗り越えチャレンジし続けたからこそ今がある。


ちなみに、大学に入学したとき、僕は二十歳だった。同級生たちと2年遅れでの入学だった。他の連中に言わせれば、何やってんだという経歴だろう。

就職活動の面接官にも「(今までの経歴が)ブレまくりですね。そんなんでウチの会社で働けますか」なんて言われたこともある。

 

世間の常識から逸脱すると、何だか常識人ぶった連中が意見してくる。こういう連中こそ流されているだけ、チャレンジ精神のない臆病者に見えてしまう。


僕が思うに「常識」というのは多数派なだけだ。みんなが選ぶからという理由で安心している。
「この年齢で恥ずかしい」なんて理由でチャレンジしないのは、あまりに勿体ない。「やりたい」と思ったその時が、あなたにとっての適齢期なのだ。

 

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僕は、年齢制限を超えていく

 

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年齢に関係なくチャレンジしてきた人は、もちろん僕だけではない。

タレントの美輪明宏さんは、自身の著書にこんな言葉を残している。
「年齢なんて、ただの記号よ」と。


確かにそうだ。世間には「まだ若いから」「もうこんな年だから」こんな声をあざ笑うかのような、年齢なんて全く関係ないニュースにあふれている。

 

将棋界の若手のホープ、藤井聡太四段も、あどけなさが残る14歳だ。自分より何歳も年上でキャリアのある先輩棋士をバッサバッサとなぎ倒し、将棋界の連勝記録を破ったのは記憶に新しい。


ケンタッキー・フライド・チキンで有名な髭のおじさん、カーネルサンダース。彼は、65歳でケンタッキーのフランチャイズシステムで起業した。


日本では、ライブドアの創業者ホリエモンの登場で、若手起業家がもてはやされがちだが、ライフネット生命の出口治明さんは、60歳を過ぎて起業している。


もちろん、年齢に関係なくチャレンジしている人は、著名人ばかりではない。僕が最近読んだ本『「あなたのところから買いたい」とお客に言われる小さな会社』の著者の母は、なんと67歳で夜間中学に入学したそうだ。

 

著者の母は、幼いころ両親を亡くし、施設に預けられた。生きるため食べるため、小学校もろくに通えず働き始め、67歳の時点で「がっこう」という平仮名が書けず「がこう」と書いたエピソードが紹介されている。

夜間中学に通うことになったきっかけは、孫が生まれるから。「字が読めない、書けないおばあちゃんなんて恥ずかしい」という理由から夜間中学への入学を決めたという。


そう、もはや年齢による制限などない。

あるのだとすれば、世間の常識とやらに振り回されているだけだ。

挑戦は、やろうと決めた気持ちにしか宿らない。年齢にはないのだ。

僕は、年齢による制限を超えていく。いや、超えてきた。これからも、そのつもりだ。